建設安全改善のためのプロアクティブ行動ベース安全管理(Heng Li, Miaojia Lu, Shu-Chien Hsu, Matthew Gray, Ting Huang:2015年)

アンゼンアンシン

私は、これまで数多くの建設現場での安全管理に携わってきた経験から、皆さんにお伝えしたいことがあります。建設現場で起こる事故の約80%が、実は人間の不安全行動に起因しているという現実です。

「安全対策はしっかりやっているのに、なぜ事故が減らないのか」そう感じたことはありませんか?その答えは、従来の安全管理が「事故が起きてから対処する」という後追い型だったことにあります。

建設現場が抱える根本的な課題

建設業界は、その特性上、最も危険な産業の一つとして位置づけられています。特に深刻なのは、以下の3つの要因による死亡事故です。

  1. 高所からの落下
  2. 移動物体との衝突
  3. 移動車両による衝突

香港労働局長官が指摘するように、これらの事故の根本原因は労働者の行動にあります。しかし、従来の安全管理では、この「行動」を客観的に把握し、改善することが困難でした。

革新的解決策:プロアクティブ行動ベース安全(PBBS)の登場

私がご紹介したいのは、1980年代から欧米で実績を上げてきた行動ベース安全(BBS)を建設現場に特化して発展させた「プロアクティブ行動ベース安全(PBBS)」という手法です。

PBBSの4つの核心ステップ

  1. 不安全行動の特定
  2. 行動の観察・サンプリング
  3. フィードバックによる改善指導
  4. 組織全体への情報共有

この手法の画期的な点は、安全管理を「遅延指標」から「先行指標」へと転換させることにあります。つまり、事故が起きてから対処するのではなく、事故が起きる前に危険な行動パターンを検知し、予防的に対処するのです。

PCMS:テクノロジーが実現する「見える化」

PBBSの核となるのが、プロアクティブ建設管理システム(PCMS)です。このシステムには、建設現場の安全性を劇的に向上させる3つの重要な機能があります。

1. リアルタイム位置情報システム(RTLS)

平均1メートルの精度で労働者の位置を追跡し、危険ゾーンへの接近を検知すると、ヘルメットに設置されたタグから即座に警告信号を送信します。

2. バーチャル建設シミュレーションシステム(VCS)

建設現場の3Dモデルで危険エリアを可視化し、リアルタイムで危険な状況を監視できます。

3. 安全指標(SI)による定量評価

労働者の位置ベース行動データを「安全指標(Safety Index)」として数値化し、個人・チーム・プロジェクト単位での安全パフォーマンスを客観的に測定します。

驚異的な改善効果:香港での実証結果

香港の34階建て公営住宅建設プロジェクトで行われた実証実験では、驚くべき結果が得られました。

導入前の安全指標(SI):

  • チームA:64.12%
  • チームB:63.96%

4週間の集中トレーニング後:

  • チームA:87.25%(36.07%向上)
  • チームB:92.55%(44.70%向上)

この数値は、単なる改善ではありません。労働者の安全意識と行動が根本的に変化したことを示す証拠なのです。

不安全行動の根本原因を解明

さらに重要な発見がありました。根本原因分析の結果、約50%の不安全行動が「生産性への圧力」に関連していることが判明したのです。

これは、香港の建設労働者の多くが出来高払いを受けているため、安全よりも迅速な作業完了を優先してしまう傾向があることを意味しています。

主な不安全行動の原因:

  • 生産性への圧力:50%
  • 安全管理の不備:25%
  • 自尊心の問題:16%

PBBS導入の4段階サイクル

PBBSは、以下の動的で柔軟なプロセスで実施されます。

第1段階:ベースライン観察

労働者の不安全な位置ベース行動パターンを特定し、明確な安全目標を設定します。

第2段階:安全トレーニング

特定された問題行動に対し、安全意識向上と行動修正のための具体的なトレーニングを実施します。

第3段階:フォローアップ観察

一定期間にわたって安全パフォーマンスをテストし、PCMSが生成する位置ベース行動チェックリストを活用して客観的に評価します。

第4段階:フィードバックと強化

安全行動に対する適切な報酬システムの構築と、必要な労働者への再訓練を実施します。

このサイクルを効果的に運用するためには、下請業者、安全管理者、現場監督者を含む安全生産委員会の設立が不可欠です。

PBBS導入で得られる5つのメリット

  1. 定性的・定量的な総合評価:BBS管理とPCMS技術を組み合わせた包括的な安全パフォーマンス測定
  2. リアルタイム対応:即座の警告とポストリアルタイム分析による効果的な安全トレーニング
  3. 管理効率の向上:安全管理スタッフの業務効率化と管理コストの大幅削減
  4. 自動監視システム:労働者の不安全行動の自動記録と事故報告書の生成
  5. 可視性の確保:建設労働者の位置ベース可視性による包括的な安全管理

今後の課題と展望

ただし、現在のシステムには限界もあります。PCMSは位置ベースの行動のみを検知するため、すべての不安全行動を網羅することはできません。

今後の研究課題として、以下の点が挙げられます:

  • 従来のBBS管理との比較による包括的な効果分析
  • より長期間にわたる大規模な縦断的研究の実施
  • 製造業など他産業へのPBBS一般化可能性の探求

結論:安全文化の根本的変革に向けて

労働力不足と新規採用者の増加により、建設現場の安全確保はますます困難になっています。しかし、PBBSの導入により、この課題を克服する道筋が見えてきました。

PBBS管理の長期的な導入は、労働者に強固な安全意識を根付かせ、すべての建設活動を安全な方法で実行する習慣的思考を培います。そして、安全がプロジェクトのあらゆる要素に不可欠なものとして組み込まれることで、真に安全な建設現場が実現されるのです。

皆さんの現場でも、このPBBSの考え方を取り入れてみてはいかがでしょうか。安全は単なるルールの遵守ではなく、科学的なアプローチによって確実に向上させることができるのです。


論文情報

  • 原題:建設安全改善のためのプロアクティブ行動ベース安全管理
  • 著者:Heng Li, Miaojia Lu, Shu-Chien Hsu, Matthew Gray, Ting Huang
  • 発行年:2015年