第1部 第4章 技術その3──「やりたくなる環境」をデザインする その3

アンゼンアンシン

サイン・配置・動線設計の工夫

行動デザインの考え方を現場で具現化するための、最もパワフルで即効性のある技術が「環境」そのものをデザインすることです。ここでは、具体的な三つの要素

「サイン」 「配置」 「動線」

に焦点を当て、人が無意識のうちに安全な行動をとってしまうための工夫を見ていきましょう。

サイン(標識・表示)の工夫:「見る」から「行動させる」へ

あなたの現場にも、「安全第一」「頭上注意」「整理整頓」 といった掲示物がたくさん貼られていると思います。しかし、正直に言って、それらの掲示物は日常的に意識されているでしょうか?多くの場合、それらは風景の一部と化し、誰の目にも留まらなくなっています。これを「警告の形骸化」といいます。

サイン(標識・表示)の目的は、単に情報を掲示することではありません。

人の注意を喚起し、次の行動を具体的に促すこと

にあります。形骸化したサインを「生きたサイン」に変えるための工夫をいくつかご紹介します。

  • 表現を「禁止形」から「誘導形」へ

「立入禁止」というサインは、強い表現ですが、時として反発を招きます。それよりも、

「恐れ入りますが、あちらの通路をご利用ください→」

と具体的な代替案を示す方が、人はスムーズに従ってくれます。「ヘルメットをかぶれ!」ではなく、作業エリアの入口に

「ここから先、ヘルメット着用エリア。あなたの命を守ります」

と書かれている方が、自分ごととして捉えやすくなります。

  • 「なぜ」を添える

ただ「安全帯使用」と書かれているだけでは、その重要性は伝わりません。

「高さ2m。ここでの墜落は、命にかかわります。安全帯使用」

のように、理由やリスクが具体的に書かれていると、人は納得して行動しやすくなります。

  • ユーモアと感情に訴える

真面目な注意喚起ばかりでは、人の心は動きません。例えば、現場の出入り口に

「今日も一日、ご安全に!家族があなたの帰りを待っています」

という看板を設置します。あるいは、階段の段差に

「急ぐと転ぶ。人生も、この階段も」

といった少しユーモアのあるステッカーを貼ります。こうした感情に訴えかける言葉は、記憶に残りやすく、行動変容につながる力を持っています。

  • 視線を意識した設置場所

どれほど優れたサインも、見られなければ意味がありません。人の視線の高さ(床から約150cm)や、ドアノブの横、スイッチの周辺など、必ず視線が向く場所に設置するのが鉄則です。また、危険な作業を行う、まさにその場所(例:丸のこ盤のスイッチの真上など)に注意喚起を貼るなど、行動とサインを一体でで設計することが重要です。

  • 「自分ごと化」させる仕掛け

鏡を設置し、

「その服装で、安全ですか?」

と問いかけるサインは非常に効果的です。人は鏡を見ると無意識に自分自身に注意が向きます。そのタイミングで問いかけられることで、ヘルメットのあご紐や服装の乱れなどを自らチェックするようになります。

配置(モノの置き方)の工夫:「探させない」「間違えさせない」

整理整頓(5S)は、単なる美化活動ではありません。安全行動を誘発する、最も基本的な環境デザインです。モノの「配置」を工夫することで、無駄な動きや危険な行動をコントロールできます。

  • 定位置管理の徹底(フールプルーフの応用)

フールプルーフ(fool proof)」とは、そもそもミスや危険な使い方ができないようにする設計思想のことです。これをモノの配置に応用します。例えば、工具置き場。壁に工具の形をした影絵を描いておく(「形跡管理」といいます)だけで、誰が使った後でも、どこに何を戻すべきかが一目瞭然となります。また、工具が一つでも欠けていればすぐにわかり、置き忘れや紛失も防げます。これは、探す手間を省くだけでなく、「使ったら必ず元に戻す」という安全行動を自然に習慣化させる効果があります。

  • 保護具を「使わざるを得ない」配置に

高所作業で使う安全ブロックを倉庫の奥にしまっていませんか?これでは取りに行くのが面倒で「まあ、いいか」という不安全行動を誘発してしまいます。そうではなく、高所作業エリアへの唯一の入口に、安全ブロックをかけておく定位置を設けます。そこを通らなければ作業場に入れないようにすれば、高所作業時に容易に持ち込むことができるようになります。「使用を強制する」のではなく、「使用するのが最も合理的で簡単な配置」をデザインするのです。

  • ゴミ箱の配置一つで現場は変わる

ゴミが散乱している現場は、つまずきや転倒のリスクを高めます。「ゴミを拾え」と言う前に、ゴミ箱の数や配置を見直しましょう。作業場所のすぐ近く、休憩所のすぐ横など、「捨てたい」と思った瞬間に捨てられる場所にゴミ箱を置くことが重要です。分別しやすいように入り口を工夫したり、中身が見える透明なゴミ箱にしたりすることも、ポイ捨てを防ぎ、分別意識を高めるのに有効です。

3.動線設計の工夫:「交わらない」「迷わない」

「動線」とは、現場内での人や車両、モノの移動の軌跡のことです。この動線が交錯している現場は接触事故の温床となります。安全な動線を設計することは、無意識のレベルで危険を回避させる高度な行動デザインです。

  • 「人」と「重機・車両」の動線を完全に分離する

これは動線設計における絶対的な原則です。カラーコーンやトラロープで申し訳程度に区切るのではなく、単管パイプやガードレールといった物理的な障壁で、歩行者通路と車両通路を明確に分離しましょう。これにより、「うっかり車両通路に入ってしまった」という最も危険なヒューマンエラーを防ぐことができます。

  • 交差点をなくし、一方通行を基本とする

人と車両の動線がやむを得ず交差する場所は、事故が最も起きやすいポイントです。設計段階から、こうした交差点を極力なくすレイアウトを考えます。資材の搬入・搬出ルートを一方通行にしたり、人の流れを時計回りに統一したりするだけで、危険は大幅に減少します。どうしても交差が必要な場所には、カーブミラーや一時停止線はもちろん、センサーで人や車両を検知して作動する回転灯や警告音を設置するなどの対策が有効です。

  • 「最短で安全なルート」を公式ルートにする

人は、無意識に最短距離を移動しようとします。危険だとわかっていても、資材の上を飛び越えたり、近道をしたくなるのが人間の性です。これを防ぐには、あらかじめ安全で歩きやすい公式ルートを整備し、そこを通るのが最も効率的である状態を作るしかありません。遠回りでも、きれいに整備されて歩きやすい通路と、ぬかるんでいて危険な近道があれば、多くの人は整備された通路を選ぶでしょう。


本章で見てきたように、「やりたくなる環境」をデザインすることは、現場の安全レベルを飛躍的に向上させる可能性を秘めています。それは、怒鳴ったり、罰則を強化したりするよりも、はるかにスマートで、効果的かつ持続可能なアプローチです。

大切なのは、作業員一人ひとりの「頑張り」や「注意深さ」といった不確実なものに頼るのではなく、誰が作業しても、どんなに注意力が散漫になっていても、環境そのものが安全な行動へと導いてくれる『しくみ』を仕込むことです。

サイン一つ、モノの配置一つ、通路の配置一つ。あなたの現場を見渡してみてください。そこには、人の行動をより安全な方向へ「そっと後押しする」ヒントが、無数に隠されているはずです。

そして、こうした環境が整ってくると、不思議なことに現場の風通しも良くなってきます。やらされ仕事が減り、自発的な行動が増えることで、作業員は「言っても無駄だ」と感じなくなり、現場の小さな違和感や危険の芽について、声を上げやすくなるのです。

環境が人を育て、育った人がさらに安全な環境を作っていく。その好循環を生み出すための第一歩が、この「やりたくなる環境」のデザインなのです。て、育った人がさらに安全な環境を作っていく。その好循環を生み出すための第一歩が、この「やりたくなる環境」のデザインなのです。