説明できる技術は、継承できる
「背中を見て育て」という、若手をじっくり育てる余裕のある時代は終わりました。これからの時代に求められるのは、効率的に育てることが可能な「説明できる技術」です。ベテランの暗黙知を言語化し、見える化するという一連のプロセスは、単に若手に技術を教えるためだけのものではありません。それは組織全体で安全レベルを底上げし、持続可能な安全文化を築くための根幹的な活動なのです。
この取り組みがもたらすメリットは計り知れません。
第一に、教育の質とスピードが飛躍的に向上します。
これまでOJTという名のもとに指導者の力量や相性に大きく左右されていた技術継承が、標準化された教材(動画、図解、マニュアル)によって、誰でも一定レベル以上の教育を受けられるようになります。特に外国人技能実習生など、言語や文化の壁がある人材に対して、ビジュアルな教材は絶大な効果を発揮します。
第二に、安全レベルの平準化が実現します。
「あの人がいる現場は安全だが、いないと途端に事故が増える」といった属人化のリスクから脱却できます。ベテランの知見が組織全体の共有財産となることで、どの現場でも一定水準以上の安全が確保されるようになります。これは本書の第11章で詳述する『しくみ』で安全の平準化を実現する」ための重要な土台となります。
第三に、ベテラン自身にも新たな気づきをもたらします。
自分の技術を他者に説明しようと試みる過程で、長年無意識に行っていた自らの行動を客観的に見つめ直すことになります。「なぜ自分はいつも、この手順を踏んでいるのだろう?」と自問することで、より効率的で安全な方法を発見したり、改善点に気づいたりすることが少なくありません。教えることは、最も優れた学習法でもあります。
現場に眠る暗黙知は、長年にわたって幾多の危険を乗り越えてきた先人たちの知恵の結晶です。それは、磨けば光るダイヤモンドの原石のようなものです。この貴重な資産を個人の経験の中に眠らせたままにしておくのは、あまりにも大きな損失です。
対話を通じて掘り起こし、動画や図解で見える化し、誰もがアクセスできる「形式知」へと変換する。この地道な努力の先にこそ、真の技術継承があります。
説明できる技術は世代を超えて受け継がれ、未来の現場で働く人々の「いのち」を確実に守っていくのです。あなたの現場に眠るその「技術」を未来への贈り物として、今こそ形にしていきましょう。