第1部 第2章 技術その1──自分の行動をコントロールする その2

アンゼンアンシン

誘発要因をつぶす「人と環境の設計」

「わかっていても、やらない」を引き起こす「誘発要因」を取り除くには、どうすればよいのでしょうか。その答えが、「人と環境の設計」という考え方です。これは、人間の行動特性や心理をあらかじめ理解した上で、望ましい行動(つまり、安全行動)を”つい、やってしまう”ような環境を意図的にデザインするアプローチです。

強制的に「やらせる」のではなく、無意識のうちに「やっていた」という状況を作り出す。これこそが、行動コントロール技術の核心です。具体的に見ていきましょう。

1. 物理的に「できない」ようにする(フールプルーフ)

最も強力な環境設計は、そもそも危険な行動を物理的にできないようにしてしまうことです。これを「フールプルーフ(Fool-proof)」といいます。操作を誤ったり、ルールを知らない人が扱ったりしても、重大な事故が起きないように工夫された設計思想です。

  • 事例:インターロック機構
    プレス機や工作機械などで、安全カバーが開いている状態では電源が入らない、あるいは機械が作動しないようにする「インターロック」は、フールプルーフの代表例です。「カバーを閉め忘れる」というヒューマンエラーが発生しても、事故に至るプロセスを物理的に遮断してくれます。
  • 建設現場への応用
    クレーンの過負荷防止装置は、定格荷重を超えると自動的に停止し、オペレーターの「このくらい大丈夫でしょう」という過信による操作を許しません。特定の鍵がなければ操作できない重機や、正しい手順でなければ作動しない電動工具なども、この考え方に基づいています。

あなたの現場で「ついついやってしまいがち」な危険行動を思い浮かべてみてください。それを物理的に不可能にする方法はないでしょうか? 「~してはいけない」というルールを追加する前に、「~できない『しくみ』」を考える。この視点が、現場の安全レベルを一段階引き上げてくれます。

2. 間違えても「安全な側」に倒れる(フェイルセーフ)

機械の故障や人間のミスが避けられないことを前提に、異常が発生した際には、必ず安全な状態で停止・制御されるように設計するのが「フェイルセーフ(Fail-safe)」です。

  • 事例:停電で閉まる踏切
    鉄道の踏切は、停電などで制御システムが故障した場合、遮断桿が自動的に下がるように設計されています。これは、万が一の際に「開いたまま」という最も危険な状態を避けるためのフェイルセーフ機能です。
  • 建設現場への応用
    ロープが切断したときなど万一の故障の時に、落下を防止するブレーキを備えたエレベーターなどがあります。

フールプルーフが「エラーの入り口」を塞ぐのに対し、フェイルセーフは「エラーが起きた後の出口」を安全な方向へ導く技術と言えます。この二つの考え方を組み合わせることで、多重の安全網を構築することができます。

3. 無意識を味方につける「行動デザイン(ナッジ)」

物理的な制約を設けるのが難しい場面では、人間の心理に働きかけて、自発的な行動変容を促す「ナッジ(Nudge)」というアプローチが有効です。これは、選択の自由を奪うことなく、より良い選択をしやすくするための、「そっと後押しをする工夫」です。

  • 事例:小便器のハエのシール
    オランダのスキポール空港で、男性用小便器の内側にハエの絵のシールを貼ったところ、的を狙う男性の習性により、便器周りの汚れが8割も減少したという有名な話があります。「きれいに使ってください」と警告するのではなく、遊び心のある仕掛けで望ましい行動を自然に引き出したのです。
  • 建設現場への応用
  • 動線の工夫
    危険なエリアや重機の作業範囲を明確にリボンなどで色分けし、安全な通路に足跡マークを描くだけで、人は無意識に安全なルートを選ぶようになります。遠回りでも安全な通路の方を「公式ルート」として歩きやすく整備し、危険な近道はあえて通りにくくする(資材を置く、段差を設けるなど)のも有効です。
  • 整理整頓の工夫
    工具やヘルメットの置き場所を、ただ線で囲うだけでなく、そのモノの形にくり抜いたマット(形跡管理)を用意したり、影の絵を描いたりします。すると、人はパズルのピースを埋めるように、自然と元の場所に戻したくなります。「片付けてください!」と指示するより、はるかに効果的です。
  • 視覚的なリマインダー
    開口部や段差など、特に注意すべき場所の手前に、「指差し呼称」をしている現場代理人や職長の実写ポスターやイラストを掲示します。これにより、作業員の方は「ああ、ここでは指差し呼称をするんだったな」と行動を思い出しやすくなります。

これらの工夫に共通するのは、人間の「つい、~してしまう」という習性を逆手にとっている点です。

「面倒なことは避けたい」 「楽をしたい」 「面白いものに惹かれる」

といった、ごく自然な感情を否定せず、むしろそれを安全行動へと導くエネルギーとして活用するのです。

「人と環境の設計」とは、大掛かりな設備投資やシステムの導入だけを指すのではありません。現場の状況をよく観察し、人間の心理を少しだけ理解すれば、お金をかけずとも実践できる知恵の集合体なのです。安全行動を阻害している「面倒くさい」「わかりにくい」「やりづらい」といった誘発要因は何か。それを取り除くための、ちょっとした「後押し」は何か。この問いこそが、現場を劇的に変える第一歩となります。ている「面倒くさい」「わかりにくい」「やりづらい」といった誘発要因は何か。それを取り除くための、ちょっとした「後押し」は何か。この問いこそが、現場を劇的に変える第一歩となるのです。