はじめに
「安全第一」――建設現場では常に叫ばれるこの言葉。しかし、どんなに気を付けていても、万が一の事態は起こり得ます。そして、その「万が一」が実際に起きてしまったとき、会社が被る金銭的ダメージは、皆さんが想像するよりもはるかに大きいかもしれません。
今回は、北海道の平均的な建設業の中小企業を例にとり、労働災害が発生した場合に具体的にどれくらいの「直接的な損失」が発生するのか、その内訳と金額を詳しく見ていきましょう。
なぜ今、労災のコストを知るべきなのか?
「労災保険があるから大丈夫」「うちの会社は事故なんて起きない」…そんな風に考えている経営者の方もいるかもしれません。しかし、労災保険はあくまで「セーフティネット」の一部に過ぎず、全ての費用をカバーしてくれるわけではありません。
むしろ、事故が起きた際に企業が直接負担する費用は多岐にわたり、経営を圧迫する要因となり得ます。間接的な損失まで含めると、その額はさらに跳ね上がるのです。
想定される企業と事故のケース
試算にあたり、以下のケースを想定します。
- 企業規模: 従業員数30名程度の北海道の中小建設業者
- 年間売上高: 3億円
- 年間人件費: 1億5千万円(平均賃金:年500万円)
- 想定事故: 高所からの墜落・転落による骨折(全治3ヶ月程度)
- 休業を伴う災害で、比較的発生頻度も高いケースを想定しています。
労災発生で会社が「直接」支払うコストの内訳
では、実際にこの事故が発生した場合、会社はどのような費用を直接負担することになるのでしょうか。具体的な項目とその試算額を見ていきましょう。
1. 休業補償(事業主負担分):約27.1万円
労働基準法では、従業員が労災で休業した場合、休業4日目以降、労災保険から平均賃金の60%が出ますが、最初の休業3日間は会社の直接負担です。
- 全治3ヶ月(約90日)の休業と仮定。
- 平均賃金日額(500万円 ÷ 365日)は約13,700円。
- 60%は8,220円ですが、それに20%上乗せ補償して約2,740円
- 3日 × 8,220円+90日×2,740円= 271,260円
2. 医療費(事業主負担分):約5万円
労災保険が適用されれば原則自己負担はありませんが、労災で補償される分の立替分や一部負担金が発生する可能性も考慮し、少額を計上します。
- 試算額:50,000円
3. 代替要員の手配費用:約100万円
休業した従業員の業務をカバーするため、派遣社員や短期アルバイトを雇う必要があるかもしれません。
- 普通作業員の単価を20,000円と設定する
- 緊急の要請なので単価を25%アップして日当25,000円の応援要員を2ヶ月間(約40営業日)雇い入れた場合。
- 25,000円/日 × 40日 = 1,000,000円
4. 物的損害(設備・資材の破損):約10万円
事故によって、足場や工具、資材などが破損するケースも少なくありません。その修繕費や弁償費用が発生します。
- 試算額:100,000円
5. 現場の停止・作業中断による損失:約20.4万円
事故が発生すると、救護活動、警察や労働基準監督署への連絡、現場検証などで作業が一時的に中断せざるを得ません。この間の作業員の賃金は無駄になってしまいます。
- 作業員30名が半日(4時間)作業停止したと仮定。
- 30名 × 4時間 × (13,700円/日 ÷ 8時間) ≒ 204,000円
6. 安全対策費用(事故後の追加対策):約30万円
事故が起これば、再発防止のために新たな安全対策を講じる必要があります。安全パトロールの強化、特別研修の実施、あるいは安全設備の増設などです。
- 試算額:300,000円
7. 事務処理費用:約6.8万円
労災申請書類の作成、関係者への連絡、社内調査など、事故対応には担当者の時間と労力がかかります。
- 担当者が延べ5日程度を事故対応に費やした場合。
- 13,700円/日 × 5日 ≒ 68,500円
直接的損失の合計額は…約200万円!
上記の項目を合計すると、以下のようになります。
- 休業補償(事業主負担分):271,260円
- 医療費(事業主負担分):50,000円
- 代替要員の手配費用:1,000,000円
- 物的損害:100,000円
- 現場の停止・作業中断による損失:204,000円
- 安全対策費用:300,000円
- 事務処理費用:68,500円
- 合計:1,993,760円
今回の試算では、北海道の平均的な建設業の中小企業が、たった1件の休業を伴う労働災害で、約200万円もの直接的な損失を被る可能性があることが分かりました。
補足:「間接的な損失」は、この何倍にもなる
今回の試算は、あくまで「直接的損失」のみに焦点を当てたものです。実際には、これに加えて企業の社会的信用の失墜、士気の低下、取引先からの評価低下、訴訟リスクなど、金額に換算しにくい「間接的な損失」が数倍にも上ると言われています。これらを含めれば、労災が企業に与えるダメージは計り知れません。
まとめ:安全への投資は、コストではなく「未来への投資」
たった1件の労働災害が、企業の財務状況にこれほど大きな影響を与えることをご理解いただけたでしょうか。
労働災害を未然に防ぐための安全衛生活動への投資は、決して無駄なコストではありません。むしろ、将来発生し得る莫大な損失を回避し、結果的に企業の利益を守り、従業員の安心と信頼を築くための「未来への重要な投資」なのです。
あなたの会社の安全対策は十分ですか? ぜひこの機会に、改めて安全管理体制を見直してみてはいかがでしょうか。
次回は「間接的な損失」について試算してみます。